2017年最初の講座、「浮世絵ワークショップ」~摺り実演と細工紅を使った摺り体験~を、2月18日(土)に開催しました。
伊勢半本店が作っている紅は、化粧品の「小町紅」だけではありません。
2016年夏に開催した、夏休みこども自由研究「御料紅を使って和菓子を作ってみよう」で使用した食紅「御料紅」や、今回の講座で使用した絵具用の紅「細工紅」など、実はいろいろな種類があります。
「細工紅」の詳細はこちらのページをご覧ください。
江戸時代には、多くの浮世絵が制作されました。
その際、赤色には、さまざまな色材が使われ、紅もそのひとつでした。
紅は、多色摺りの浮世絵が出現する以前から、紅摺り絵と呼ばれる初期の浮世絵にも使われていた色材です。
絵具用の紅「細工紅」は、化粧用の紅に比べると質は落ちますが、絵具としては大変高価なものでした。
ところが、明治時代以降、合成染料や「洋紅」と呼ばれる安価な輸入赤色色材が普及し、紅花から作られた絵具はそれらに取って代わられ、伊勢半本店でも「細工紅」の製造は途絶えてしまいました。
しかし、数年前に、江戸時代の色や技法での再現を試みる木版画家の方から「細工紅」の復活を熱望され、それをきっかけに、紅職人が「細工紅」作りに取り組み、ようやく一昨年完成しました。
このような歴史を持つ「細工紅」の存在を多くの方に知っていただき、色に親しんでもらいたいというのが、今回の講座の目的です。
今回は、午前に親子向け(小学生と保護者)、午後に一般向けの計2回の講座を実施しました。
講師には、伝統的な木版画の研究や普及啓蒙、職人の育成に取り組んでいらっしゃる(公財)アダチ伝統木版画技術保存財団から、解説と摺り師のお二人に来ていただきました。
最初に、紅ミュージアムから「細工紅」の歴史などのお話をし、その後、摺り師さんの実演を解説付きで見学、そして実際に摺りを体験、という流れで実施しました。
実演していただく作品は喜多川歌麿の「扇屋花扇」です。
こちらが、摺りの作業をする台です。
台は、力が入りやすい体の近く(手前)よりも、体から遠い方(奥)に向かって傾斜しています。
均等に力が伝わるようにするためだそうです。
まずはじめに、絵のアウトラインとなる版を墨で摺ります。
版木には、山桜の木が使われているそうです。
今回の作品には版木が4枚使われ、それぞれ両面が彫られています。
ただ、最初に摺るアウトラインの版はいちばん重要なので、歪みが起きにくいよう、片面しか彫らないそうです。
基本は、一版に一色ですが、摺る部分(絵)が離れている場合は一版で多色を摺る場合もあります。
多色摺りは何版も重ねていくのに、なぜ絵がずれていかないかというと、版木に「見当」と呼ばれる凸があり、そこに紙を合わせることで、ずれないようになっています。
ただ、版木は湿度などでどうしても伸縮してしまうため、摺り師さんは見当鑿(のみ)を使って、このように都度調整をしていきます。
版に絵具を載せ、それを刷毛を使って版木に広げていきます。
部分によっては糊を少量混ぜ、そして和紙を見当に合わせて置き、馬連を使って摺っていきます。
馬連を図工や美術の時間で使ったことがある方も多いと思いますが、どのような構造になっているか、ご存知ですか?
馬連は、和紙を何枚も貼り重ねたもの、竹皮を細く裂いて編んだ縄、そしてそれを包む竹皮でできています。
摺り師さんは、何種類もの大きさや、縄の太さが違う馬連を使い分けているそうです。
さぁ、いよいよ紅を摺る版です。
紅は、半襟と筆の軸の部分に使われています。
今回は特別に、「細工紅」と、通常アダチ伝統木版画技術保存財団さんが使用している「洋紅」、両方で摺りをしていただき、その色を比べました。
それぞれで摺られた作品がこちらです。
左:「細工紅」 右:「洋紅」
「細工紅」は、化粧料「小町紅」と違い、紅花の赤色色素だけでなく、あえて黄色色素も残しているので、このような黄色味が残る、まろやかで優しい色になります(「洋紅」の方は、絵具の黄色が混ぜられています)。
今回の「扇屋花扇」には、見所の摺りの技法がいくつも使われています。
絵の右上にある四角の中の絵、「判じ絵」。
その下部に、緑色のグラデーション、つまり「ぼかし」の技法が使われています。
また、巻物の端と着物の衿部分は、一見、和紙そのままに見えますが、よく見てみると凹凸が表されています。
これは「空摺り」という技法で、分かりやすく言うとエンボス加工です。
実演を見た後は、いよいよ摺り体験です。
今回の体験では、たっぷりと「細工紅」を使うハガキ大の版に挑戦しました。
まずは、摺り師さんから紙の持ち方や置き方、馬連の動かし方などを教えてもらいます。
実際に摺ってみると、馬連の動かし方や力の入れ具合が難しく、摺り師さんのように広い面に均一に摺ることの難しさを実感できました。
やはり、プロの摺り師さんのように仕上げることは難しいですが、力と心を込めて摺った作品を、皆さん、大切に持ち帰ってくれました。
今回のワークショップでご覧いただいた「細工紅」の色が、
=江戸時代の紅の色、という訳ではありません。
絵師によって求める紅の色は違ったでしょうし、摺り師はその技術で絵師が求める色を表現していたのだと思います。
美術館などで浮世絵をご覧になることがありましたら、そのひとつひとつの色に、ぜひ注目してみてください。