紅と人生儀礼

守り、祈る「赤」-赤色に託す思い

太陽や炎、血の色を連想させる赤色は、生命を象徴する色とされ、古くから呪術的・祭祀的な意味をもって使われてきました。
『古事記』には、悪霊邪気を払うため、床に赤土を撒き散らしたとの記述があります。江戸時代に、疱瘡(ほうそう/天然痘のこと)や麻疹といった感染症が大流行した折、人々はすがるような思いで、赤摺り(紅摺り)のまじない絵「疱瘡絵」を買い求め、部屋に飾って平癒を祈りました。
赤色に対する破邪退魔の信仰は、医学・薬学の発達していなかった時代・地域にあって、人々の拠り所といっても過言ではなかったのです。
こういった赤色に見出せる信仰文化は、今なお私たちの生活の中に息づいています。人生の節目に行われる様々な儀礼には、人々の祈りと、慶び祝う気持ちを託した「守りの赤」が存在しています。

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守り巾着/懸守り/各種護符 江戸時代後期〜明治時代 当館蔵(左)

小児用にあつらえた守り巾着(手前2点):大切な小児を悪しきものから守ってくれるよう赤色に願いを込めた品。/懸守り(奥):筒型あるいは方形の袋に、神仏の護符や懐中仏・薬・香などを入れて首から掛けた。本資料には、厄除けをはじめ開運守りなど、各種護符の類が収められている。

「疱瘡絵 鐘馗」一登斎芳網画 嘉永頃(1848-54) 当館蔵(右)

疱瘡絵には、金太郎や桃太郎、鎮西八郎為朝、鐘馗といった悪鬼を駆逐する図柄が描かれた。


一生に寄り添う紅

人の一生のうち、誕生、七五三、成人、結婚、死などの節目で行われる諸儀礼を総称して「通過儀礼」といいます。古来、執り行われてきたこれらの儀礼は、時を経るごとに変わったものも少なくありません。しかし一方で、初宮参りや七五三のように、子どもの健やかな成長を願う気持ちが根底に生き続け、今日に伝わる儀礼もあります。それらの中には、慶び祝う気持ちに添うようにして、紅と魔除けに関わる信仰文化が息づいています。

帯祝い
安産を祈願して、妊娠5か月目の戌の日に、妊婦の腹に帯を巻く儀式を帯祝いといいます。戌の日に行われたのは、犬が多産で、お産が軽いことにあやかってのことでした。帯の端には、「戌」や「犬」、「寿」、神仏祈願の文字などを紅で書くこともありました。
誕生
産湯につかわせた赤ん坊をくるむ布を「おくるみ」や「湯上げ」といいます。
湯上げの上部片端を、紅花や茜・蘇芳(すおう)などで三角形状に赤く染めました。湯上げには、邪悪なものから赤ん坊を包み隠すという意味もありましたが、赤い部分で入浴後の赤ん坊の顔や目などを拭いて、皮膚病や眼病除けのまじないにしたともいいます。
初宮参り(お宮参り)
⾚ん坊が無事⽣まれたことを感謝し、そのことを初めて産⼟神(うぶすながみ/住まいの⼟地の神様)をまつる神社やとくに崇敬する神社に報告する儀式です。お参りの⽇は⽣後1か⽉を迎えた頃とされ、紅染めの産着が好まれました。
参詣時には、⾚ん坊の額に男児であれば「⼤」・⼥児であれば「⼩」の⽂字を紅で書く、「アヤツコ」という⾵習があり、現在も⼀部の地域で残っています。
七五三
男女3歳は髪置き、男児5歳は袴着、女児7歳は帯解きといって、それぞれ吉日を選んで産土神に参詣し、お祝いをします。
女児は紅で化粧をして、紅染めなどの晴着をまとって神社にお参りし、これまで無事に育ったことを感謝すると共に、これからのご加護を願いました。この儀式を簡略化したものが、現代の七五三として受け継がれています。
婚礼
化粧としての紅はもちろんのこと、婚礼衣装や角隠しの裏地には、吉事の証として紅絹 ( もみ ) を用いました。紅絹には魔除けの意味もあったといわれています。嫁入りの際、悪しきものに花嫁が影響を受けずに、嫁ぎ先へ無事たどり着けるように、という思いが込められていたようです。
還暦
干支 ( 十干十二支 ) が一巡し、生まれ年に戻るため、第二の誕生と位置付けられる「還暦」。赤いちゃんちゃんこ( 羽織 ) や頭巾を贈ってお祝いするのは、赤ん坊に赤い産着を着せるのと同じで、魔除けの意味があります。