紅と人生儀礼
守り、祈る「赤」-赤色に託す思い
太陽や炎、血の色を連想させる赤色は、生命を象徴する色とされ、古くから呪術的・祭祀的な意味をもって使われてきました。
『古事記』には、悪霊邪気を払うため、床に赤土を撒き散らしたとの記述があります。江戸時代に、疱瘡(ほうそう/天然痘のこと)や麻疹といった感染症が大流行した折、人々はすがるような思いで、赤摺り(紅摺り)のまじない絵「疱瘡絵」を買い求め、部屋に飾って平癒を祈りました。
赤色に対する破邪退魔の信仰は、医学・薬学の発達していなかった時代・地域にあって、人々の拠り所といっても過言ではなかったのです。
こういった赤色に見出せる信仰文化は、今なお私たちの生活の中に息づいています。人生の節目に行われる様々な儀礼には、人々の祈りと、慶び祝う気持ちを託した「守りの赤」が存在しています。
一生に寄り添う紅
人の一生のうち、誕生、七五三、成人、結婚、死などの節目で行われる諸儀礼を総称して「通過儀礼」といいます。古来、執り行われてきたこれらの儀礼は、時を経るごとに変わったものも少なくありません。しかし一方で、初宮参りや七五三のように、子どもの健やかな成長を願う気持ちが根底に生き続け、今日に伝わる儀礼もあります。それらの中には、慶び祝う気持ちに添うようにして、紅と魔除けに関わる信仰文化が息づいています。
- 帯祝い
- 安産を祈願して、妊娠5か月目の戌の日に、妊婦の腹に帯を巻く儀式を帯祝いといいます。戌の日に行われたのは、犬が多産で、お産が軽いことにあやかってのことでした。帯の端には、「戌」や「犬」、「寿」、神仏祈願の文字などを紅で書くこともありました。
- 誕生
- 産湯につかわせた赤ん坊をくるむ布を「おくるみ」や「湯上げ」といいます。
湯上げの上部片端を、紅花や茜・蘇芳(すおう)などで三角形状に赤く染めました。湯上げには、邪悪なものから赤ん坊を包み隠すという意味もありましたが、赤い部分で入浴後の赤ん坊の顔や目などを拭いて、皮膚病や眼病除けのまじないにしたともいいます。
- 初宮参り(お宮参り)
- ⾚ん坊が無事⽣まれたことを感謝し、そのことを初めて産⼟神(うぶすながみ/住まいの⼟地の神様)をまつる神社やとくに崇敬する神社に報告する儀式です。お参りの⽇は⽣後1か⽉を迎えた頃とされ、紅染めの産着が好まれました。
参詣時には、⾚ん坊の額に男児であれば「⼤」・⼥児であれば「⼩」の⽂字を紅で書く、「アヤツコ」という⾵習があり、現在も⼀部の地域で残っています。
- 七五三
- 男女3歳は髪置き、男児5歳は袴着、女児7歳は帯解きといって、それぞれ吉日を選んで産土神に参詣し、お祝いをします。
女児は紅で化粧をして、紅染めなどの晴着をまとって神社にお参りし、これまで無事に育ったことを感謝すると共に、これからのご加護を願いました。この儀式を簡略化したものが、現代の七五三として受け継がれています。
- 婚礼
- 化粧としての紅はもちろんのこと、婚礼衣装や角隠しの裏地には、吉事の証として紅絹 ( もみ ) を用いました。紅絹には魔除けの意味もあったといわれています。嫁入りの際、悪しきものに花嫁が影響を受けずに、嫁ぎ先へ無事たどり着けるように、という思いが込められていたようです。
- 還暦
- 干支 ( 十干十二支 ) が一巡し、生まれ年に戻るため、第二の誕生と位置付けられる「還暦」。赤いちゃんちゃんこ( 羽織 ) や頭巾を贈ってお祝いするのは、赤ん坊に赤い産着を着せるのと同じで、魔除けの意味があります。